1995年、日本中を震撼させた「警察庁長官狙撃事件」。
オウム真理教によるテロと目されながらも、時効を迎えたこの未解決事件の裏に、一人の恐るべき男の影がありました。
その男は、中村泰(なかむら・ひろし)です。
この記事では、中村泰が一体何者で、この事件とどう関わっていたのか、そして現在の状況についてまとめてみました。
国松長官狙撃事件とは?事件概要
1995年3月30日、当時の警察庁長官・国松孝次氏が、自宅マンション前で何者かに背後から狙撃された事件です。
地下鉄サリン事件の直後に起きたため、オウム真理教による組織的テロの疑いが濃厚とされていましたが、決定的な証拠が見つからないまま、2010年に公訴時効が成立。
警察庁が「オウムの犯行と断定」しつつも逮捕者ゼロという、極めて異例の幕引きとなりました。

警察の威信をかけた捜査だったはずなのに、「未解決」という結果はあまりにも衝撃的ですね。
中村泰は何をした?現金輸送車襲撃事件の犯人
2002年11月、名古屋・現金輸送車襲撃事件の犯人として中村泰(当時72歳)が逮捕されました。
- 白昼堂々の犯行: 現金輸送車から大金が下ろされる瞬間を狙い、中村は本物の拳銃を発砲しました。
- 警備員への射撃: 脅しではなく、実際に警備員の脚を撃ち抜いて重傷を負わせ、現金約2,500万円を奪って逃走しました。
- 72歳の「現役」スナイパー: 驚くべきは彼の年齢です。当時72歳という高齢でありながら、現役の武装強盗として動いていたのです。
その後中村は「自分が国松を撃った」と自供を始めます。
犯人しか知り得ない「秘密の暴露」
中村の供述には、警察が公表していなかった事実がいくつも含まれていました。
- 現場の遺留品: 捜査を混乱させるため、現場に北朝鮮のバッジや韓国の硬貨を置いたと供述。その位置が実際の捜査資料と一致。
- 逃走経路: 自転車を使った逃走経路や、捨てた場所などが具体的。
- 銃弾の成分: 彼が所持していたバッグから、事件で使用された弾丸と同じ火薬成分が検出された。
中村泰wiki経歴・プロフィール
引用:産経ニュース
中村泰は、オウム真理教とは全く無関係の人物です。
しかし、彼は「伝説のスナイパー」とも呼べる恐ろしい背景を持っていました。
中村泰の驚愕の経歴
- 東大中退の超エリート: 頭脳明晰で、緻密な計画を立てる能力に長けていました。
- 武器のスペシャリスト: 若い頃に渡米し、現地で射撃訓練を受け、大量の銃器を分解して日本に密輸。新宿の貸金庫などに保管していました。
- 「自分が撃った」と自供: 2002年に名古屋での現金輸送車襲撃事件で逮捕された際、取調官に対し「国松長官を撃ったのは自分だ」と詳細に語り始めました。
【現在】中村泰はどうなった?
結論から言うと、中村泰は2024年5月に94歳でこの世を去りました。
- 服役中の死: 名古屋の事件などで無期懲役が確定し、岐阜刑務所に服役していました。
- 死因:嚥性肺炎で死亡。
- 最後まで主張を変えず: 晩年まで、接見した記者や元刑事に対し「私がやったことは真実だ」と語り続けていたそうです。
- 真相は闇の中へ: 彼の死により、直接本人の口から新事実が語られる可能性は永遠に失われました。
まとめ
中村の供述は極めて具体的でしたが、「肝心の狙撃銃が見つからなかったこと」や、当時の警察上層部が「オウムによるテロ」というストーリーを維持したかったことなどが重なり、彼は「重要参考人」止まりで終わりました。
真実を知る人物が亡くなった今、この事件は戦後最大の未解決事件の一つと言えるでしょう。





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