夏と冬の両パラリンピックで伝説を更新し続けている村岡桃佳選手。
2026年3月9日には、ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックの女子スーパー大回転(座位)で見事「銀メダル」を獲得し、日本勢メダル第1号という快挙を成し遂げました!
- 「なぜ車椅子なの?」
- 「子どもの頃に病気になったの?」
といった疑問を持つ人も多いようです。
この記事では、村岡桃佳さんが車椅子を使う理由や、4歳のときに発症した病気についてまとめました。
村岡桃佳が車椅子の理由
引用:スポニチ
村岡桃佳 さんが車椅子を使う理由は、
4歳のときに発症した病気によって下半身に麻痺が残ったためです。
幼い頃までは健康に育っていましたが、ある日突然、体に異変が起こります。
当時、祖母や兄と出かけていた際に足に力が入らなくなり、歩くことができなくなったといわれています。
その後病院で検査を受けた結果、ある病気が判明しました。
4歳で発症した病気は「横断性脊髄炎」
村岡桃佳さんが4歳のときに発症した病気は、
横断性脊髄炎 (おうだんせいせきずいえん)と呼ばれる病気です。
横断性脊髄炎とは
横断性脊髄炎とは、脊髄に炎症が起こる病気で、神経の働きに障害が出ることがあります。
主な症状には次のようなものがあります。
- 手足の麻痺
- 感覚障害
- 排尿・排便の障害
- 歩行困難
発症の原因ははっきりと分かっていないケースも多く、突然症状が現れることもある病気です。
村岡桃佳さんの場合も、4歳という幼い年齢で発症し、下半身に麻痺が残ることになりました。
病気を乗り越えてパラアスリートへ
引用:Yahooニュース
病気の発症後、一時は周囲の視線が怖くなり、自宅に引きこもりがちだった時期もあったそうです。
そんな彼女を外の世界へ連れ出したのは、家族の深い愛情と障がい者スポーツとの出会いでした。
小学校で車椅子陸上を、小学校3年生でチェアスキーと出会います。
最初は「寒いし冷たいし嫌だ」と思っていたスキーですが、中学2年でパラリンピアンの滑りを見たことで、「自分もこうなりたい!」と競技の世界へ飛び込みました。
高校生の頃にパラアルペンスキーを始め、本格的に競技に取り組むようになりました。
その後、世界大会やパラリンピックで次々と好成績を残し、日本を代表するパラアスリートへと成長していきます。
特に 平昌パラリンピック では、日本選手団の中でも目覚ましい活躍を見せ、大きな注目を集めました。
さらにその後は、パラ陸上競技にも挑戦するなど、競技の幅を広げています。
【2026速報】満身創痍で掴んだミラノの銀メダル
今回のミラノ・コルティナ大会での銀メダルは、彼女のキャリアの中でも特に「価値のある1枚」となりました。
- 絶望的な怪我からの復帰: 昨年、練習中に転倒し、左鎖骨を骨折。実は、今回のレース時点でも「鎖骨は完全に接合していない」という驚愕の状態でした。
- 因縁のコースを克服: メダル獲得後のインタビューでは「見るだけで気持ち悪くなるくらい怖かった」と吐露。精神的なトラウマと肉体的な痛みの両方を抱えながらの滑走だったのです。
- 日本人最多タイ記録: この銀メダルで、パラリンピック通算メダル数は10個に到達。冬季大会の日本人最多記録に並ぶ偉業を達成しました。
多くの人に勇気を与える存在
村岡桃佳 さんの活躍は、スポーツ界だけでなく、多くの人に勇気を与えています。
4歳で大きな病気を経験しながらも、世界の舞台で活躍する姿は、多くの人にとって大きな励みになっていると言えるでしょう。
これからも、日本を代表するパラアスリートとして、さらなる活躍が期待されています。
まとめ
村岡桃佳 さんが車椅子を使用している理由は、4歳のときに発症した 横断性脊髄炎 による下半身の麻痺でした。
幼い頃に大きな困難を経験しながらも、その後スポーツと出会い、世界で活躍するパラアスリートへと成長しました。
その努力と挑戦の姿は、これからも多くの人に勇気を与え続けることでしょう。





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